2014年4月8日火曜日

人のいない小説

人の出てこない小説というのがある。
それを何と呼んだか、かつて本で目にした気がするけれど、覚えていない。

誰かが誰かを追い求める。誰かと誰かが出会う。そして別れる。
推理ものにボーイ・ミーツ・ガールに、それから…
人は人の出てこない小説を求めるだろうか。

人の出てこない小説。たとえばカメラアイで、廃屋を定点観測。1日が1秒になるように早送りし、ゆっくりと廃屋が崩れゆくさまを描写する。そんな小説があるだろうか。

人の出てこない小説。たとえば宇宙の知られざる姿を描く。ビッグバン以前の世界、宇宙の外に続く空間、逆回転する銀河系。それは小説だろうか。

人の出てこない小説。たとえば動物だけで繰り広げられる物語。宮沢賢治の童話なんかにはわりとあるんじゃないか。けれど、擬人化された動物は人と何が違うだろう。たしか、植物しか出てこない話もあったような気がするけれど…

そもそも、語り手は人にカウントしなくてよいのだろうか。
語り手は書き手と同一か。否。
では、誰なんだろう。この言葉を紡ぎだす存在は。

人の出てこない小説をつきつめると、語り手のいない小説になる気がする。
グーグルのような検索エンジンがランダムにひろいあげてきた文章の束。
あるいは、文章を書いたカードを何通りも用意し、シャッフルして選び、物語を作りあげる。

それは小説か、と問われれば、それは小説だと言える気がする。
では、そこに人はいないか、と問われれば、やはりそこには人がいるだろう。

なぜなら、そこに人を読み取ってしまうだろうから。
結局、人は読み手のなかにいるのだろう。
物語が読み手のなかで像を結ぶのと同じように、人の姿も読み手のなかに現れる。

と、もっともらしく結んでみたが…

2014年3月31日月曜日

スマイル・イン・ビジネス

心から笑っていないとき、目元を見れば分かってしまうという。
口角だけあげて目はぴくりともしていない、笑っているのに目が怖い、というあの表情。

そんなものだから、マナー講習などではその先手を打つかたちで、目から下をA4の配布資料で隠し、目で笑う練習をしていたりするものだ。

では、そのような訓練を経た人と相対するとき、私たちはどうすればよいのか?
あなたは満面の笑みを浮かべているけれど、それはビジネス上の愛想笑い? それとも、愛想なんて尽きているけれど訓練の結果、反射的に浮かぶようになった笑い?

破顔一笑、目は上方に曲がり、口は大きく開かれピンク色の歯茎までむき出しにして笑っているのに、それでも愛想を尽かしているのですか?

きみ、銀行や飲食チェーンのお姉さん方に、そんなことで恋しちゃダメだ。
彼女たちはホスピタリティに関しては、異様なほどに高いプロ意識の持ち主。
お客様、あるいはビジネスパートナーであったとして、それ以上でもそれ以下でもない。

ところで、鷲田清一は顔について次のように書いている。

 そういうせまりくる〈顔〉を、対象として見られる顔面から区別しておこう。他人が他人としてわたしたちにせまってくる現象を〈顔〉の現象と呼ぶならば、〈顔〉はかならずしも顔面の現象にかぎられないのである。(中略)たとえば、わたしたちは他人のまなざしに傷つく。蔑むようなまなざしにも、じぶんから背けられたまなざしにも傷つくが、しかしまた、他人のなにげないことばにも傷つく。しぶんを無視する人の頸筋の後ろ側や背を向けたひとのその服越しの背中にも傷つく。いらだたしげにゆさぶらられている指や脚にも、だ。それらがすべて〈顔〉だと言ってよい。(『しぶん・この不思議な存在』講談社現代親書、1996年)
 
たとえ顔一面にスマイルがあふれ返っていたとしても、声やただずまい、さらには服装が笑っていないなんてことはあるのだろう。しかし、相手はプロ中のプロ。そんなことさえすっかりお見通しなのだから、打つ手がないことは最初から決まっていたのだ。

…というわけで、桜もほどよく開花して、浮かれ気分もつかの間の春の嵐も過ぎた今日、いかがお過ごしですか?

2014年3月23日日曜日

アクセといったりするらしい

女の人が指輪や腕輪やネックレスやそれに類するものを身に付けているのを見ると、ドキッとして、それから少し気持ちが沈んでしまうのは、きっとその人のことが気になるからだろう。

それから、僕は意識的であれ、無意識的であれ、そのアクセサリーから何かを読み取ろうとする。

それは、社会的なメッセージなのか。
(…つまり、結婚指輪のような)

それとも、自己表現?
(…つまり、私はこういう人に見られたいとか)

あるいは、自分にハッパをかけているとか。
(モードを切り替えるスイッチのようなものとして)

そのアクセサリーは、あなたの身体の一部ですか?
(どっかのメガネ屋のCMのようだ…)
もし、答えがイエスだとしたら、僕はそのアクセサリーをその人と同じくらい大切に扱わないといけないことになる。たとえそれが誰から贈られたものであったとしても……

シルバーは本当に保守的なのか? じゃあ、ゴールドはどうなる?

まったくうといので、アクセサリーのそれぞれについて微細をうがって書くことができないのが残念ではあるが、これだけは言っておきたい。

こちらもうといなりに、ちゃんと見ているのだよ。