なんとなく寒い日が続くと、気持ちも滅入ってくるというものだ。
夏にクーラーの効いたカフェやデパート、ファミレスを転々とするように、冬も暖房のきたカフェやデパートやファミレスを転々とすることがあってもいいのではないだろうか。
うん、誰も反論していない。
ある作家は自分の生まれ月である11月を、1日で一番日が短い時期で、なんだか損した気分になるから嫌いだ、とエッセイかなにかで書いていた。もう2月も終盤になって、日もだいぶ長くなってきたはずだが、それでも寒いからといって外へ出ず、家の中で縮こまっているのであれば、日が短いことと大差ないのではないだろうか。うん。
寒い冬(畳語的?)にはあたたかさというものが、それだけで安心感をもたらしもする。たとえば、シチューのCMみたいな。あるいは、心情を表すメッセージとなったりもする。たとえば、手編みのマフラー。得意料理はシチューなんです、今度よかったら食べに来ませんか。とか。またシチューになってしまった。
個人的には、早く3月下旬くらいになって欲しいという気持ちがある。
2015年2月22日日曜日
2015年1月6日火曜日
ホームランド
実家に帰り、小学校来の友人が運転する車に途中の駅まで迎えに来てもらう。
白いホンダのなんとかという四駆の自動車。名前は口にしていたと思うが、聞いたそばから忘れてしまった。
昔から知っている友人が運転する車に乗るというのは、なんとも不思議な気分だ。
大学生のころにはもう友人の車に乗せてもらっていたけれど、いつになっても慣れることはない。僕がいまだに免許を持っていないからだろうけれど。
親の運転する車に乗って、一緒に学校や駅への送り迎えを受けていた彼が今は運転席に座っている。
10代の頃、車を運転して事故を起こす夢をよく見た。
事故を起こす場所も大体決まっていて、高校の近くにある大型家具店に突っ込んではすごすごと歩いて帰るというのがお決まりのパターンだった。
ハンドルを切ってもうまく曲がらない。アクセルを踏んでも(どのペダルがアクセルかよくわかっていなかったのだけれど)、思うように進まない。
帰る途中、パチンコ店に併設されたコーヒー屋に立ち寄った。
田舎ではよく見かける大きな駐車場のあるパチンコ店。その手前に厳選した豆を使用した「スペシャルティコーヒー」を出す店があるのだった。
車を降りてドアのロックをかけるのに苦心していると、友人がキーについたリモコンをピッと一押ししてロックしてくれた。
そうだよね。
白いホンダのなんとかという四駆の自動車。名前は口にしていたと思うが、聞いたそばから忘れてしまった。
昔から知っている友人が運転する車に乗るというのは、なんとも不思議な気分だ。
大学生のころにはもう友人の車に乗せてもらっていたけれど、いつになっても慣れることはない。僕がいまだに免許を持っていないからだろうけれど。
親の運転する車に乗って、一緒に学校や駅への送り迎えを受けていた彼が今は運転席に座っている。
10代の頃、車を運転して事故を起こす夢をよく見た。
事故を起こす場所も大体決まっていて、高校の近くにある大型家具店に突っ込んではすごすごと歩いて帰るというのがお決まりのパターンだった。
ハンドルを切ってもうまく曲がらない。アクセルを踏んでも(どのペダルがアクセルかよくわかっていなかったのだけれど)、思うように進まない。
帰る途中、パチンコ店に併設されたコーヒー屋に立ち寄った。
田舎ではよく見かける大きな駐車場のあるパチンコ店。その手前に厳選した豆を使用した「スペシャルティコーヒー」を出す店があるのだった。
車を降りてドアのロックをかけるのに苦心していると、友人がキーについたリモコンをピッと一押ししてロックしてくれた。
そうだよね。
2014年12月5日金曜日
ちゃんぽん長崎
フードコートと称するスーパーの地下1階の飲食店が集まった一角で、長崎ちゃんぽんを食べていた。
子供が泣いていた。3歳にも満たないくらいの女の子。その側で母親とその友人(?)の女性二人が気にせず談笑している。女の子はソファの上によじ登ったところを無理やり下ろされて叱られ、不機嫌になっているのだ。どうやったらその子に、なぜソファに登ったらいけないか納得させることができるのか、僕には分からない。
女の子は警報を鳴らすように、泣き叫んではやめ、泣き叫んではやめを繰り返した。わたしはいま絶望している!と全生命を使って表現していた。すぐに、別のことに興味が移って、ころっと泣くのをやめたとしても(実際にやめたのだけれど)、その瞬間のその泣きは妙に心を打つものがあった。
となりで英語の参考書を開いて、ルーズリーフに英文を書き写していた男子高校生も心を動かされていたに違いない。
いたたまれなくなった彼は、席を立って長崎ちゃんぽんを買ってきたくらいだから。
フードコートの上の階では、クリスマスカードが並べて売られていた。
こっちのカードは、ボタンを押すときよしこの夜。
こっちのカードは、ボタンを押すとJoy to the world。
子供たちが群がっているところでは、ありのままで〜が流れていた。
クリスマスにはいい思い出がない。が、悪い思い出もない。
ふつうの思い出ならいくつかある。
とりあえず、これからしばらくは、クリスマスにしか興味がない(といってみる)。
子供が泣いていた。3歳にも満たないくらいの女の子。その側で母親とその友人(?)の女性二人が気にせず談笑している。女の子はソファの上によじ登ったところを無理やり下ろされて叱られ、不機嫌になっているのだ。どうやったらその子に、なぜソファに登ったらいけないか納得させることができるのか、僕には分からない。
女の子は警報を鳴らすように、泣き叫んではやめ、泣き叫んではやめを繰り返した。わたしはいま絶望している!と全生命を使って表現していた。すぐに、別のことに興味が移って、ころっと泣くのをやめたとしても(実際にやめたのだけれど)、その瞬間のその泣きは妙に心を打つものがあった。
となりで英語の参考書を開いて、ルーズリーフに英文を書き写していた男子高校生も心を動かされていたに違いない。
いたたまれなくなった彼は、席を立って長崎ちゃんぽんを買ってきたくらいだから。
フードコートの上の階では、クリスマスカードが並べて売られていた。
こっちのカードは、ボタンを押すときよしこの夜。
こっちのカードは、ボタンを押すとJoy to the world。
子供たちが群がっているところでは、ありのままで〜が流れていた。
クリスマスにはいい思い出がない。が、悪い思い出もない。
ふつうの思い出ならいくつかある。
とりあえず、これからしばらくは、クリスマスにしか興味がない(といってみる)。
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